中学受験

「都立中高一貫校を受検することの価値」シリーズのブログに対する反響-中学受検を無駄にしないために①

今年の1月4日に書いた、「都立中高一貫校を受検することの価値。高校受験・大学受験担当講師の視点」というブログ(3部構成のシリーズになっている)。

先週、保科学院長が「過去の記事を振り返る」と題して、大森山王学院のツイッターに記事を取り上げてくれました。

この記事を書いた時は、(これから都立中受検を考慮する)小学生のお子さんを持つ親御さんに向けて書いたつもりだったのですが、半年の時を経て再度ツイッターで記事の告知をしたところ、

今回は今年度の中学入試を終えた新中学1年生の人たちやその親御さん達にも記事を読んでいただいているようだ。」

と保科学院長から連絡を受けました。とても嬉しい知らせです。

なぜなら実はあの記事、だれよりも、(私が担当していた)当時の高3生たちに、つまりかつての都立中受検経験者である生徒達に読んでもらいたくて、書いた記事だったんです。

「大丈夫。君たちは立派に成長している。あの中学受検のときよりも。今までやってきたことは何一つ無駄になってはいない。だから、今度の大学入試もドーンと構えて、強く行ってこい。」

そんな、生徒達に対する叱咤激励のため(かつ小心者の講師である私自身を奮い立たせるため…)にしたためたものでした。

ちなみに、1月の前作シリーズ記事を読んでくださった方への事後報告になりますが、あの記事に出てきた当時の高3生は、今春の入試において(予想通り近年稀に見る大激戦の入試だったものの)大勢の生徒達が見事、難関大学合格をゲットして入試を終えました。特に小学生のころから指導してきた「古株」の生徒たちに関しては、全員が第二志望校以内に現役進学を決めることができており、「努力は人を裏切らない」という言葉の正しさが証明されていると感じます。

今は(コロナ禍の影響で、オンライン授業になっているとはいえ)それぞれの立場で、大学生活をエンジョイしているようです。

 

受験(受検)が必ずしも当人の望んだとおりの結果にならないことは、私も塾講師の一人として十分理解しています。

注:私立中や私立高の入試を受けることを「受験」といいます。都立中や都立高の入試を受けることを「受検」と言います。以下、都立中学受検生経験者に向けて書くため、「受検」で統一します。

同時に、公立中学受検生の指導をしつつ、高校受験生や大学受験生をも担当する塾講師として、一つ断言できることがあります。

「受検という経験を通して、人は今よりも強くなるチャンスを掴む。」

ということを。

これは合否によって左右されるものでは決してありません。ただし、受検を終えた後そのチャンスを掴むかどうかは当然ながら受検生当人の気持ち次第です。そして当人の気持ちを受検後奮い立たせられるかどうかは、中学受検というカテゴリーにおいては、(当人の精神年齢にもよりますが)12歳のその子本人ではなく、周囲の大人(親や先生)がけん引できるかどうかにかかっていると言っても過言ではないでしょう。

この点で、受検の結果が本人の望んだとおりに行かなかった場合(つまり都立中の受検で言えば、受検に落ちてしまった場合)、周囲の大人である親や教師には、できることが(やるべきことが)沢山あると私は思っています。

 

「受検に落ちた後、うちの子、なかなかやる気が出なくて…」

というお悩みをよく耳にします。一見、その子本人に問題があるように見受けられるかもしれません。あるいは「志望校不合格」という、どうにもならない『状況』がその子をその状態に陥れてしまったかのようにも一見感じます。

でもそれは違う。親御さんや通っている塾の先生がどういうアクションを起こすかで、状況はいくらでも打開できるものだと、私は確信しています。

 

前回の中高一貫シリーズ記事で書いた通り、6年前、私は担当していたその年の都立中高一貫受検生をことごとく不合格にしてしまいました。本来だったら、(今のご時世よくある「申し訳ございませんでした」の記者会見の如く)私は全員の受検生と親御さんに頭を下げて、私自身も引責辞任でもするのが「世の中から見た納得されるけじめ」だったのかもしれません。

もちろん、私自身「申し訳ない」という気持ちがなかったわけでもありません。でも私は即座に「ここからリベンジしよう」ということを提案しました。「中学受検が不合格でも、その子の人生が終わるわけではない。『あの時受検が失敗したのは、あとで成功するための準備だったんだ』と、必ずいつか言わせて見せる。だから、来週からまた頑張ろう。」と。

『なんなんだこの教師?』とばかりに怪訝な顔をされて塾を辞めていく方も当然いました。ある意味、真っ当な感情です。

でも、なんと当時の小6生だった14名中9名が通塾を継続されました。受検を経験したその子供たちの今後の可能性を信じて、その子たちを応援する、と申し出た塾に、お子さんの人生の一部を託してくださったんです。

※このストーリーの続きは、前回のシリーズ記事のブログの3番目の記事で書いた通り。

私自身も、絶対にこの学年は最後まで見切ると、この時決めました。どんなことがあってもこの代が大学受験を終える2020年の春までは、自分がすべての科目を管理する。進路指導も面談も自分がやる。この年までは会社の人事異動も拒否する。

通常、個人塾でもない教室の、しかも一介の講師がこんな片意地な主張を6年間も突き通すのは不可能に近い、というかそもそも社会人として非常識です。この点で、私の頑固さを最後まで黙認してくれた(イエローカードのみでレッドカードを出さなかった)上司には感謝しかありません。

そして、なによりも当代の生徒の親御さんには言い尽くしえないほどの感謝をしています。塾はタダではない。小学生から高校3年生まで塾に通わせるのは決して簡単なことでも楽なことでもないことは私も重々承知しています。お金(授業料)の総量が信頼の総量だとは言いませんが、しかし7年間の通塾の重みは、明らかに私自身に対する信頼の重みだったと、今謙虚に受け止めている次第です。

 

今春、都立中学受検を終えたお子さんがいらっしゃる親御さんにお伝えしたいことがあります。

ぜひできるだけ早く、お子さんが次のステージで頑張り且つ成長する方法を提示して、応援してあげてください。これは第一志望の都立中に受かったお子さんも、残念な結果に終わったお子さんも等しく同じです。

都立中に受かると、多くのご家庭はその中学校での新生活のことで頭がいっぱいになります。でも、その都立中高一貫校でさらに飛躍して可能性を伸ばしていくのか、はたまた都立中に入ったことで目的を達成したと本人が感じてしまうのかは、中学に受かった直後の周囲の大人が見つめている方向性で決まります

残念ながら、都立中に受かったことで喜んで満足している親御さんや塾の先生に囲まれると、子供も受検に受かったことで満足し、その後中学生活のスタートはそれなりの生活を送ったものの、中2の後半あたりから学力が低下し始め、自信と基礎学力を失って高2の冬くらいに遅きに失した大学受験選びと塾探しが始まる、というような最悪の状況にもなりかねません。←大学受験部門で指導しているとよく見る光景です。

お子さんが都立中を不合格になってしまった場合はどうかこの場合も、受検生本人ではなく、周りの大人がその子に次のステップを踏むためのきっかけをどう与えるかで、一見「失敗した」と感じかねない状況を、「次への踏み台」としてとらえることは十分に可能です。

親御さんが「あんなに無理して頑張ったのに、落ちてしまってかわいそう。少し本人のやりたいようにのびのびさせて冷却期間を置こう。」と考えてしまったり、担当した塾の先生が、「自分の指導力が足りずに落としてしまった。これからも塾に通って頑張ろう、なんてとてもじゃないけど言えない。しばらくはそっとしておこう。」なんて言い出したら、その子を周りの大人がスポイルしていることになる。それじゃあ、全然子供のためになっていません

受検に落ちたら「人生失敗」なんでしょうか。「そうじゃない」ということをまず子供に教えてあげるのは、周囲の大人です。

次の記事②へ続く