山口講師の視点

受験ができることの幸せ -2020年度 都立高校入試100日前・後編-

ずいぶん前のこと。私は都立入試の受検日に、ある学校の校門で入試応援をしていた。(注:受検当日はどの学校の門にも塾の先生が沢山応援に来ているんです。)黒山の人だかりの中で、先生たちは自分の教え子がどこにいるのか必死に探していたりする。ご多分にもれず、私も他の数百人の受検者など目もくれずに、わずか数人の我が生徒の到着を今か今かと待っていた。
そんなとき、「あれ、山口先生だ!」と声をかけてくれる子がいた。振り返ると、どこか見覚えのある生徒とそのお母さん。「ええと…、あ!そうか。」…思い出した。数年前まで我が塾に通っていた元生徒と親御さんだ。「いや~、お久しぶりです。そうか今日が受検か。がんばれ~」などとひとしきり挨拶をする。が、すぐにお別れした。(申し訳ないが、そんな挨拶をしている中で自分の生徒を見逃すことがなによりも怖いのだ。)

午前9時。すべての生徒が入試会場に入り、校門に大挙して押し寄せていた塾の先生たちも雲集霧散で帰っていく。私も自販機で買った缶コーヒーで手を温めながら駐車場に引き返そうとしていた。その時、「すみません、先生。」と声をかけてくれる方がいた。
振り返ると、先ほどの元生徒の親御さんだった。「あ、どうも~。お見送りお疲れさまでした。」
今度は私にもゆとりがある。すると唐突に、「あの~、その節は申し訳ありませんでした。」と頭を下げられてしまった。「いえいえ。え~っと、何かありましたか?」
聞けば、かつて成績が上がらずにうちの塾をやめたこと、成績アップを望んで転塾をしたが思うように点数が上がらず、その日の入試もダメ元での受験になる、ということだった。「いろいろ先生にアドバイスいただいたのに、当時は他の塾に行けば変えられると思っていた。無知だった」というような悔恨のお話を訥々とされるのだった。

あー、そういえばそうだったなぁ。正直なところ、塾をやめていった方々の記憶はあまり残っていなかったりする。それくらい現有の生徒たちの指導に本気なのだ。ただ、成績不良でお辞めになるご家庭を見るときは「あ~、残念だけど上手くいかないだろうなぁ」といった感覚だろうか。
こちらもプロである。成績がすぐに上がらない場合、その理由はすでに把握済みだ。量の不足か、あるいはその子の現時点での学力キャパの問題か、いずれにしても長期的な視点で取り組むしかない時も多々ある。しかし、親御さんの中には早急に目に見える結果が欲しい方もいらっしゃるのだろう。教育費を「費用対効果の高い買い物にしたい」という意向を感じ取ることもある。残念だが、教育はバーゲンセールの衣料品でもなければ先物取引でもない。結果を早く刈り取りたい、少しでも費用を安く抑えたい、という願いは往々にして失敗に終わることを経験上、嫌というほど見てきている。
もちろん、なにも入試当日になってそんな説教じみた話を親御さんにするつもりは毛頭なかった。むしろわざわざ声をかけてくださって、そんな前塾の講師にあえて頭を下げるなんて、なんと誠実な方なのだろう、と…。
私は不意に突いて出たようにその親御さんに言った。
「いや~、この日を迎えられて本当によかったじゃないですか!みんな受験ができて最後まで乗り切れて本当に素晴らしいですよ。」
本当に、ありのままの気持ちだった。

「入試がんばります!」
早春の朝。寒さと緊張から頬を赤らめて入試会場に入っていく受験生の姿は、万感胸に迫るものがある。
転塾をしようが、成績が伸びなかろうが、受験に落ちようが、最終的にはそんなことはどうでもいい。受験日まで子供が健やかに生きて、「受験」という大きな行事を最後まで乗り切った、それで十分じゃないか。私はそう思った。
折しも、東日本大震災の直後だったと記憶している。日本全体で、あるいは世界中を見渡した時、15歳の春のひと時、高校の入試会場でペンを走らせることができる人はどれだけいるのだろう。病気や事故、あるいは災害でこの日を迎えられなかった同学年の子供たちが沢山いる。入試どころではない15歳が日本にも世界にも大勢いるのだ。受験ができる。元気な姿で自分の進路を考え、選ぶ機会を与えられている。それだけで本当に幸せなことなんだなぁ、とつくづく思う。この時もそうだった。

残り100日を切った受験生の皆さん。どうかここから全力で臨んでほしい。自分の人生を自分の力で切り開く瞬間は、大きな興奮を誘うものだ。緊張感を持つと同時に、不安ゆえに必死でジタバタしてみるといい。焦りと苛立ちが、時にひたむきさと集中力を生みだすことを経験してほしい。でも同時に、自分の将来を過度に心配しすぎることもしないように。きっと大丈夫。
「自分、今スゲーことやってるな」って、
「自分、受験させてもらえて、(塾にまで通わせてもらって)スゲー恵まれてるな」って、
ぜひ思っていてほしい。
同じ年に生まれた自分と同学年のなかで、この経験をできる奴は(世界で)本当に一握りさ。
だから、どうかその日を元気に迎えてほしい。
だから、どうかその日まで自分にできるベストの力を出し切ってほしいんだ。